震災・原発のこと

岩手県大船渡市へボランティア・・・①

5月11日の夜に、夜行バスで、京都から宮城県仙台市へ向かい
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5月12日と13日に、岩手県大船渡市へボランティアに参加しました。

1日目(5月12日)

仙台市に朝8時に着き、レンタカーで岩手県大船渡市へ
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途中で、鉄橋が流されたままの場所や、臨時(トラックやバス)のほか弁、うどん屋さんを通り過ぎながら、11時過ぎに、大船渡市北小学校の運動場にある仮設住宅に到着
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(ガレキは撤去されてきています)

事前に参加していた仲間と合流して作業開始

仮設住宅に住んでいる方に、「本場のお好み焼き」を作ってとどけました。

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「本当に遠いところ、ありがとうございます」と深々とお礼をしていただいたり、「本当においしかったよ」と歓迎をうけました。

お好み焼き配達中に、杖をついたご婦人が、「寒いなか、わざわざありがとう」と声をかけてくれ、一年前、被災した時の話をしてくれました。

「何とか、逃げてきたけど、ずぶ濡れになった。雪が降る寒い夜もバスタオル一枚しかなくて・・・。畳の暖かさが身にしみる・・・・」

また、あるご婦人と若い女性の4人組に、お好み焼きを届けると「一年経っても、来てくれるのは共産党だけ。共産党さんは、ほんとにお世話になっている。すごいね」

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お好み焼き終業後、「生活でお困りのことはありますか?」と要望を聞きに、一軒、一軒伺いました。

ある方は、「去年より心が“うつろ”になってきた。次の住まいのことを考えると、いま、夜も眠れない。商店街のかさあげも4~5年かかると言うし。戻ったとしても、それまで生きているか? 小学校の仮設なので、早く退いてあげたいけど」と、複雑な心境を話してくれました。

そして、「震災を受けたときは、記憶がなく、気づいたら、首までつかって、ずぶぬれだった」とも話してくれました。

別の方も、「運動会する場もなく、一日も早く、運動場を返してあげたい」と。





ボランティアを午後3時に終え、その後、被災地を見させてもらいました。

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堤防が、津波でずたずたに・・・・

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越喜来(おきらい)小学校です。
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この体育館は、すべて津波に浸かったそうです。

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体育館の中は、まだ、手がついていない。震災が起こった時のまま・・・

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三階の音楽室も、津波がおしよせて、すべてを壊して

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ここに通っていた小学生は、全員、助かったと聞きましたが・・・津波の恐ろしさを感じました
by shoot128 | 2012-05-15 14:09 | 震災・原発のこと

日本共産党みわ(三和)智之 衆議院大阪11区国政対策部長


by shoot128