子ども家族と

自信のあるなし

人生には、いろいろな局面がある

進路を決めるとき、就職するとき、何か新しいことにチャレンジするとき・・・「成功するだろうか?」「自信がもてない・・・」

私は、その時に、頭に浮かべ、考える。私の指針になっていることを、ここで紹介させて貰います。短い文書なので・・・


宮本百合子さんの「自信のあるなし」

「私たちのまわりでは、よく、自信があるとか、自信がないとかいう表現がされる。そして、この頃の少しものを考える若い女のひとは、何となしこの自信の無さに自分としても苦しんでいることが多いように思えるのはどういうわけだろうか。
 一つには、女の与えられる教育というものが、あらゆる意味で不徹底だという理由がある。なまじい専門程度の学校を出ているということで、現実にはかえってその女のひとの心がちぢかまるということは、深刻に日本の女性の文化のありようを省みさせることなのである。
 けれども、自信というものに即してみれば、そもそも自信というものは私たちの生活の実際に、どういう関係を持っているのだろう。でも自信がなくて、といわれる時、それはいつもある一つのことをやって必ずそれが成就すると自分に向っていいきれない場合である。成就するといいきれないから、踏み出せない。そういうときの表現である。けれども、一体自信というものは、そのように好結果の見とおしに対してだけいわれる筈のものだろうか。成功し得る自信というしか、人間の自信ははたしてあり得ないものだろうか。
 私はむしろ、行為の動機に対してこそ自信のある、なしとはいえるのだと思う。あることに動こうとする自分の本心が、人間としてやむにやまれない力におされてのことだという自信があってこそ、結果の成功、不成功にかかわりなく、精一杯のところでやって見る勇気を持ち得るのだと思う。その上で成功すれば成功への過程への自信を、失敗すれば再び失敗はしないという自信を身につけつつ、人間としての豊かさを増してゆけるのだと思う。行為の動機の誠実さに自分の心のよりどころを置くのでなくて、どうして人生の日々に新しい一歩を踏んでゆかなければならない青春に自信というものがあり得よう。」


私は、この間、若者のみなさんの声を聞いてきました。

「不況で仕事がなくなり、生活も子育ても大変」
「定職に就けなくて、月9万円で生活している。一日二食しか食べていない」
「何十社、面接にいって、就職活動しているけど、どこも採用されない。もう、自分がどんな仕事をしたいかわからなくなった」
「人数が減らされ、過密な職場で、最近、心の病気になって仕事をやめていく人、休職している人が多くなっている」・・・

市民の実態や願いを感じ、「やむにやまれぬ」思いに突き動かされ、私は、市長選挙にとりくむことにしました。


みなさんは、どう感じましたか?
by shoot128 | 2011-09-15 09:12 | 子ども家族と

日本共産党みわ(三和)智之 衆議院大阪11区国政対策部長


by shoot128